水は人類の繁栄と切っても切り離せない関係にあります。その関わりの深さは、太古から大河のほとりに文明が栄えてきたことからも容易に見てとれます。阿蘇も、その例外ではありません。
もともとはカルデラ湖であり、水にまつわる神話が今も残されています。豊富な水資源に恵まれていることが、連綿と語り継がれてきているわけです。
そして、ミネラルウォーターとして販売されるほど、阿蘇の天然水は味の評価も上々です。ブランドを確立した阿蘇の水ですが、実は同じ地域内でも、カルデラの外側に連なる外輪山と中央部の山々とでは水源が違っています。
外輪山の水は、土中に深く浸透することなく、そのまま地表に出てきます。なのでミネラル分はあまりありません。それに対して中央部の周辺では、いったん地下に流れて長い年月をかけて地上に噴出してきます。地下に潜っている分、ミネラルが多く含まれることになります。
というのは全て阿蘇火山博物館の学芸員、永田紘樹さんからの受け売りです。熊本県出身の永田さんは、2016年の熊本地震をきっかけに、地元のために自分のできることをしようと、阿蘇に移住してきました。
地質学の専門家であり、学芸員として阿蘇の魅力を紹介する永田さんにとって、阿蘇は「ほかにはない地域」だと言います。有史以前から何度も大きな地震を経て、地形がとても複雑に変化を遂げているからです。自分の住む地域が、そのまま研究のフィールド、それも研究しがいのある場所になっています。
そんな永田さんに、阿蘇の水について語っていただく機会があったのですが、その際に水の違いを実際に感じてみようということになりました。「阿蘇の水を使って、コーヒーの飲み比べをしましょう」と誘われて飲み比べをすることに。さて、どんな結果が待っていることでしょう。
永田さんの職場である火山博物館に早朝集合。季節は11月も半ばを迎え、冷たい風が吹いてコーヒーを味わうには絶好のコンディションです。
火山博物館のそばにある五角形の岩をテーブル代わりに用意を始めます。この岩は「柱状節理」といわれる溶岩や火砕流が冷えて固まったものです。阿蘇中岳の噴煙を眺められるロケーションといい、事前に準備していたわけではありませんが、なんとも阿蘇らしい舞台が整いました。
用意したのは水源の違う3種類の水、それぞれ竹崎水源、明神池水源、白川水源から汲みました。この3種類の水で、同じ銘柄のコーヒーを淹れて味の違いを楽しみます。
「せっかくだから火山にちなんだコーヒーを持ってきたかったんですけど、忘れてきちゃいました」と永田さんがコーヒーを取り出します。用意したのは、自分で焙煎したというコーヒー。永田さんは、地質学の専門家でありながら、実はコーヒーにも詳しく、趣味が高じてUCCコーヒープロフェッショナルと、コーヒーインストラクター2級に認定されています。
永田さんによると、火山の近くではコーヒーがよく育つのだとか。火山地帯は高地にあって、たしかによく育ちそう。考えてみれば、豆の銘柄になっているキリマンジャロは、もろに山の名前です。それだけでなく、土壌に含まれるミネラルが豊富でコーヒー作りに適しているのだとか。コーヒー豆が火山と縁のあるものとなれば、阿蘇の水とのコラボも期待できそうです。
コーヒーをセットして、そのまま永田さんが手慣れた動きでお湯を注いでくれます。ふかふかと泡立ちながら浮かび上がるコーヒーの粉。消えては膨らむ泡に切なさを感じてみたり。熱湯の湯気と、阿蘇中岳の噴煙をシンクロさせて眺めてみたり。シンクロさせると、なんだか力強い味になりそう。
水源ごとに名前を書いておいた紙コップにコーヒーを注いでもらいます。
3種類がそろったところで、いざ、飲み比べ。
まずはひと口。ああ、いい香りです。
「あ、おいしい」
「いいですね」
みんな、口々に思ったことを話しますが、最初の1杯目なので当然のことながら、ただの感想になってしまいます。
ささ、次のコップに進んで、口をつけましょう。ん、なんか違う。
こういうのは、雰囲気で味が変わったと思いがち。だまされてはイカーン。と心の中で唱えておいたのですが、どうもさっきよりも、口当たりが柔らかな気がします。
「こっちの方が苦味が強いね」
「そうですね」
あ、あれ、みんなの感想が違う。同じ水源のコップなのに、まろやかに感じたのは僕だけ、、、
最後のコップでも、「さっぱりしてるかな」と僕とみんなの声は真逆でした。
そんな時でも焦ることはありません。
「そ、そうですよね」と合いの手を入れてごまかしておきました。清らかな水とはほど遠い、濁り切った大人の対応です。
水の違いを試していいたのに、いつの間にか自分の味覚が試されていました。いかん、このままでは、違いのわからない男と認定されてしまいます。
「厳密にやるなら、本当はお湯の温度もはかるといいんですよ」。永田さんがつぶやきます。
厳密にやると味の違いがわからないことが、さらにバレやすくなるので、内心では温度まで管理しなくてホッとしました。
はからずも味覚がポンコツだと露呈しそうになったものの、水によって味が変わるということはなんとか分かりました。阿蘇の水の豊かさを感じつつ、自分の舌の貧しさを痛感させられた飲み比べでした。
※この記事は特別な許可を得て撮影しております。
石川県出身。大学卒業後、地元新聞社で記者として6年半を過ごす。2014年退職後にランニングを始め、3カ月後にアマゾンのジャングルマラソンを完走する。年々フィールドを広げ、砂漠、山岳、雪上など国内外のレースに出場を続けている。ランナー、ライター、ニュースディレクターなどとしても活動中。