阿蘇に惚れ込んでコーヒー栽培。元高校教師の挑戦

阿蘇は寒い。冬ともなれば、最低気温が氷点下を割ることはざらだし、一面の雪景色も珍しくない。そんなところで赤道を挟んだ熱帯で栽培されるコーヒー豆ができるなんて誰が思うだろうか。とても意外な組み合わせに取り組むのは元高校教師の後藤至成さん。緑がふさふさしたビニールハウスを訪ねると、南国みたいな笑顔で迎えてくれた。

始まりはパイナップル栽培

阿蘇とコーヒー。意外な組み合わせにたどり着いたのはどうしてだろう。後藤さんに一番の疑問を早速質問してみた。きっかけとなったのは2002年の阿蘇中央高校への人事異動だった。熊本県内にある各地の農業高校に指導してきた後藤さんだったが、阿蘇に赴任して驚いたという。

 

「こんなに豊かなところは初めてでした。野菜もお米もとても美味しかったんです。なのに、当時はあまり評価されていなかったのも意外でした」

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コーヒーの木1本から収穫できる豆の量は30杯分前後という

熊本県菊池市の出身で、実家は農業を営んでいたという後藤さん。教師として県内各地の農業を見てきたが、そんな後藤さんの目にも、阿蘇は魅力的な土地に映った。特に魅力的だったのは、阿蘇の冷涼な気候だった。

 

「涼しいというのは、それだけで、ほかにはない魅力でした。農業でいうと、冷やすのは暖めるの3倍コストがかかるんです。それだけ大変なんです。それに雪景色が毎年見られるというのが嬉しくて。雪と住環境のバランスが取れているところは、九州だと他になかなかないじゃないですか」

相性のよかった熱帯植物

後に移住するほどに惚れ込んだ阿蘇の大地。生徒たちに実習で、好きな作物を自由に栽培させた。その時、パイナップル、バナナなどの南国原産の果物が、意外なことに元気に育ち、味も産地よりも際立っていることに気づいた。

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バナナも栽培している。背が高く、大ぶりな葉が日陰をつくってくれるという
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特に紹介されなかったが、なんとパパイヤも育っている

「熱帯の植物は意外と寒さに強いことに気づいたんです。それに、低温にあうことで糖度が上がります。冬には氷点下に冷え込む阿蘇ですが、ハウスがあれば熱帯ものでも耐えられるし、しかも甘くなる。なんとも不思議な感じがしました」と後藤さんは確信した。育てたスナックパインは産地よりも甘さが強く、糖度は25度と一般的なパイナップルを大きく上回っていた。

「コーヒーをお茶のように」

阿蘇は熱帯植物と相性がいい。その気づきを経て、次にコーヒーに注目した。

 

「コーヒーは日本でも、これだけ飲まれているのに、なんでいまだに輸入ばかりなのかなと思って。昔は自分たちでお茶を育てて、自分で煎って縁側で飲むということをしていたわけです。これからは、コーヒーがお茶のように身近になればいいなと」
パイナップルがうまく育ったから、熱帯植物を試してみよう。ならば、コーヒーで。この発想だけでも、後藤さんは型破りな教師だったことがうかがえる。

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お茶目なポージングを取ってくれるあたりも型破り?

氷点下から50℃まで、過酷な温度差

阿蘇でコーヒーを作るというのは、業界の常識から外れたものだった。コーヒー作りに適しているとされる「コーヒーベルト」は赤道を挟んだ熱帯の地域である。阿蘇はそこから大きく北に離れている。国内の産地である沖縄からもだいぶ遠い。それでも直感を信じて、沖縄から苗40本を取り寄せ、栽培を始めた。

 

真冬に停電が何度かあり、氷点下になったことも。2016年に起きた熊本地震の直後は、ハウスを開けられずに熱がこもり、室温が約50℃になっていた。過酷な温度差に枯れた苗もあったが、ほかの苗は根まではやられずに負けることなく成長を続けた。試行錯誤の末、3年後には初めての収穫を迎えることができた。後藤さんの見立て通り、阿蘇産のコーヒー豆は甘味が強く、香りも豊かだった。

 

味わいの豊かさを裏付けるエピソードがある。阿蘇に移住してきた男性が、後藤さんの農園に遊びに来て「阿蘇はキリマンジャロに似ている」と口にした。その男性はキリマンジャロのあるタンザニアの出身だった。アフリカの最高峰であり、言わずと知れたコーヒーの産地である。冷涼な阿蘇は、標高2000mほどのアフリカの農園と同じような気候なのだという。

 

高地であることに加え、火山であるキリマンジャロの土壌に含まれるミネラルが栽培に適しているという。阿蘇も火山となれば、道理でおいしいコーヒーが育つわけである。

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農園の片隅では、コーヒーかすを土に混ぜて雑草の成長を抑制できるのかを実験中。混ぜ込んだ土は右の2鉢

シンボルツリーとともに

後藤さんは2018年の退職を機に、自分のビニールハウスを構えて栽培を本格化させた。そこには、後藤さんとともに歩んできたシンボルツリーが今も並んでいる。

「栽培を始めた当時からのものを植え替えて2本だけ置いてあります。しんどい時でもこのコーヒーの木を見れば、がんばろうと思えるんです」

目標はコーヒー栽培を阿蘇で広めること。害虫や病気に強いコーヒーは、高齢になった農家でも栽培がしやすいと後藤さんはいう。高齢化、過疎化の進む地域で、特産品になると見込んでいる。

周囲に知ってもらうために、後藤さんの農園では、コーヒーの木1本ずつのオーナー制を採用した。1本あたりコーヒー30杯分を保証している。

「自分のコーヒーを持ってもらって、ここに来てもらうのが前提です。コーヒーを通じて新しい人たちを呼び込めるんじゃないかな。自分の木を自慢したくなるんですよ。最初は家族から始まって、友人、知人、あるいは職場の人を連れてきます。そして、南阿蘇のファンになってもらいたいです」

2020年は56人のオーナーが付き、延べ300~400人が農園を訪れた。着々と実績をつくる後藤さんだが、まだ道の途中だ。

焙煎イベントや地域を巡るツアーを企画しているが、コロナ禍でなかなか実施まで漕ぎつけられない。しかし、後藤さんに焦りの色は見られない。厳しい自然に耐えるコーヒーのように、難局を乗り切った後には、豊かな実りが待っている。

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トレードマークの真っ赤なツナギは教え子からプレゼントされた思い出の品

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