阿蘇の大きなカルデラは「秘密の花園」です。長い年月にわたって独自の植生をはぐくみ、四季を通じて多種多様な花々が咲きます。その中でも、火山、草原という阿蘇ならではの環境によって生産されているのがバラ。どこに特色があるのか、村上バラ園の村上健次さんからうかがいました。
寒波が訪れていた朝、軒下には氷柱(つらら)がカーテンのようにぶら下がり、足元の水たまりは氷が張っていました。外は真冬の寒さですが、ガラス張りの温室に足を踏み入れると、花を咲かせようとするバラでいっぱい。室温は20℃を超えていました。
「温風を送って気温を一定に保っているんですよ」。村上さんが、大きな音を立てて送風する装置を紹介してくれました。この装置のおかげで、冬でも毎週3500〜4000本のバラを出荷できるそうです。
この温室の暖かさは、実は阿蘇の自然のおかげ。熱源になっているのは、火山の恵みとも言える温泉です。地下100mから噴き上がる源泉を利用しているので「一般的な温室栽培よりも、コストと環境負荷が小さいんです」と村上さんが教えてくれました。
温泉を利用した農業は、バラ以外にも使われてきた歴史があります。その昔は湧き出た温泉を、農家が田んぼに直接流して活用していたとか。「窒素が豊富で、肥料の代わりになるんですよ」。僕たちの疲れを癒してくれるだけでなく、温泉の効能は植物にとっても役立つようです。
使用している源泉の温度は35〜40℃とややぬるめ。入浴には物足りなくとも、バラ栽培には適温です。
これよりも高温になると、お湯を送るパイプの中で、温泉に含まれるミネラル分が固まってしまい、詰まりの原因になるからです。栽培に適した湯温は、ここ阿蘇でバラを育てるための天の采配のようです。
「こっちにも工夫があります」と村上さんが地面を指差します。指し示す方に視線を落とすと、裁断された稲わらのようなものが目に留まりました。
これは阿蘇の草原に生えているカヤでした。乾燥させたものを土に混ぜ込むことで、バラの育ちがよくなると言います。
「稲わらよりも、野草の方が効果的で、土中の微生物が何千倍にも増えるという研究結果があるそうです」。自然の循環の中に、植物の栽培を促す働きが備わっているのでしょう。
阿蘇の温室栽培にとっては、高地で冷涼な気候は必ずしもデメリットではなく、メリットにもなります。外気温が高い場合、室温が上がりすぎてしまうと、換気が必要となりますが、涼しい阿蘇では無縁。室温を一定に保ちやすく、管理しやすいといいます。
阿蘇でバラ栽培が始まったのは、1984年。その旗振り役を務めたのが村上さんでした。
当時、JAに勤めていた村上さんは、オイルショック後だったこともあり、省エネ志向の農業に可能性を見出し、温泉を使った栽培を提唱してきました。けれども、その時は人数が集まらなくて。それなら言い出しっぺの自分もやろうということになりました」。
意を決してJAを退職。温泉熱を利用した花卉(バラ)団地が建設され、4戸の農家の一人となってバラ専業経営を開始しました。
仲間と情報交換しながら、手探りの栽培でした。環境制御装置で効率化を図り、害虫のハダニに苦しめられれば天敵農法を取り入れるなど、工夫と試行錯誤を繰り返しました。その甲斐あって阿蘇のバラは今、熊本県内の全生産量の中でも、大きなウエイトを占めるようになりました。
阿蘇のバラ栽培の強みは、なんと言っても阿蘇の自然の力をうまく取り入れているところでしょう。今風に言うと、持続可能な取り組みを、40年近く続けてきました。村上さんの息子さんも花の栽培に携わっているそうで、跡を継いでもらいたい気持ちがあります。
「お互いにこだわりがあるから、一緒にやると喧嘩になるけど」と照れ臭そうに話す村上さん。親子の仲も、温泉の温度と同じく、適温でお願いします。
※村上バラ園では、バラの収穫などのお手伝いをしてくれるスタッフを募集しています。
詳しくは下記へお問い合わせください。
村上バラ園
住所 阿蘇市小里
代表 村上健次
電話 090-8837-4663
石川県出身。大学卒業後、地元新聞社で記者として6年半を過ごす。2014年退職後にランニングを始め、3カ月後にアマゾンのジャングルマラソンを完走する。年々フィールドを広げ、砂漠、山岳、雪上など国内外のレースに出場を続けている。ランナー、ライター、ニュースディレクターなどとしても活動中。