アソウトは熊本地震がきっかけとなって阿蘇に関わり始めた3人で会社を作りました。阿蘇内外の様々な方々から協力をいただきながら活動しています。
各々が阿蘇に関わり始めたきっかけ、2018年6月に会社を立ち上げてからの5年半などを振り返りながら想いをつづりました。
少しでも共感するところがあり、アソウトで働くことに興味があるという方がいましたらお問い合わせください。
アソウトのメンバー(左から菊池、石垣、久保)
合同会社アソウトはおかげさまで5周年を迎えました。
これも会社に関わってくれている方々、また阿蘇の皆さんのおかげです。
そもそもなぜ阿蘇で会社を設立して、今に至っているのかを振り返るときっかけは8年前の熊本地震でした。
当時僕は福岡に住んで会社員として働いていました。阿蘇には特に縁もゆかりもなく、震災前まで行ったことすらありませんでした。
大きな被害を受けた阿蘇の人達のために自分にできることはないかと考えて、震災の復興支援活動を当時自分なりにやっていました。復興支援活動といえば何かすごいことをやっていたように感じますが、僕はアソウトの他のメンバーであるガッキーさんや久保君のように阿蘇に住んで復興支援活動を主体でやっていたわけではなく、福岡から仕事が休みで行けるときに通っていた程度です。
震災直後の阿蘇には僕のように阿蘇の復興支援のためにと全国各地から多くの人が訪れていました。それから半年たち、1年経っていくとそれまで訪れていた多くの人達の姿は少しずつ消えていきました。
「復興はいつ終わるのか? そもそも復興とは何なのか?」
と当時の僕は考えていましたし、復興を目的とした関り方でいいのかとも思っていました。
通っていく中で阿蘇に住む方々と知り合い、その暮らしや文化、地域への愛着、未来への想いにふれるにつれ、僕はだんだん阿蘇のことが好きになり、単に復興支援という形ではなく阿蘇に継続的に関われる形を考えていました。
そんなとき、久保君から「きっくん一緒に会社やろう」と電話をもらい、事業という形で関わり続ければ阿蘇に継続的に関われて、事業の目的や内容が阿蘇に根差したものであれば僕らなりの阿蘇への貢献ができると思いました。それがきっかけでガッキーさん、久保君とアソウトを5年前に立ち上げました。今思うと本当に計画性もなく、とにかく最初は勢いでやり始めました。
ガッキーさんが不動産業の経験があったこと、当時阿蘇は地域内外で住まいに困っていた人が多く、地域内で空き家に困っている方もいることからその両者をマッチングしていこうと不動産業から始めました。僕らとしては阿蘇に住む人が1人でも増えればいいと考えていましたし、その考え方はほとんど変わってはいません。
それから5年半が経ち、少しずつですが僕らが物件を紹介して阿蘇に暮らすことになった方も増えてきました。それでも、阿蘇に本当に貢献できているのかと考えるとまだまだ僕らにできたことはあっただろうなとも思います。
コロナ禍になってSDGsの流行も相まってサステイナビリティという言葉や自然回帰の流れは加速しているように感じています。個人的にはこの流れはいいことだと思うのですが、どこか少し表層的な気もして、違和感を覚えることも多くあります。
阿蘇の方々の暮らしをみつめていると、そこには本当の意味での持続可能な暮らしがあり、自然と人との共生をどうすればいいのかを考えながら生きている方々の姿があります。その姿はとても美しく、人の佇まいはこうあるべきなのでは?と思うことが多々あります。
農村の暮らしが全ていいとは思ってませんし、現代人が昔の人の暮らしに戻ればいいというような極端な考え方をしているわけでもありませんが、多くの人にこういった阿蘇の姿をみてもらいたい、実際に体験してほしいと思っています。
現代社会が抱える多くの問題の解決方法のヒントがそこにはあるように感じますし、豊かさとは何かを自然と感じられるのではないかと思います
大胸筋をアピールしているわけではありません。
僕らはまだまだ小さな会社ですが、こういった阿蘇の暮らしや文化、阿蘇に住む人達に寄り添いながら、これからも頑張っていきたいですし、阿蘇がもつ言葉では言い表せない古来から今に繋がる価値観を1人でも多くの人に感じてもらえるように発信していきたいと思います。
会社として事業を拡大していくというよりも、僕らはより深く阿蘇に根差していき、自分たち自身が阿蘇らしい佇まいになっていけるようにと思っています。
そんな僕らと共に阿蘇に根差して活動してくれる仲間を探しています。阿蘇の雄大な自然のように共にゆったりと、そして力強く歩いていきましょう。
約8年前、縁も所縁もなかった阿蘇に熊本地震というきっかけでたまたま関わり始めました。その後、たまたま地域の中で役割をいただき必要としてもらえたから。その日常が楽しかったから。その積み重ねの結果として今も阿蘇にいて、また今の僕の阿蘇での暮らしがあります。
そして約5年半前、石垣・菊池と設立した合同会社アソウトを設立しました。僕にとって初めて仲間と作った会社です。無事に5年という一つの節目を迎えることもでき、お世話になっている皆様に心より感謝いたします。
ここでは、アソウトでの約5年半を経て、僕が考えていることについて記します。
2014年の「消滅可能性都市」以降、人口減少・過疎化・少子高齢化への打ち手として、都市から地方への移住促進の議論が活発化しました。鹿児島という地方で生まれ育った僕も移住というものに強い関心を持ちました。でも一方で、「社会を維持するために個人の人生があるわけじゃない」と、手段と目的の逆転が起きている気がしてどこかモヤモヤもありました。今や日本もDiversity & Inclusionが重視され、個々人が多元的幸福を追求するフェーズです。そのような環境下では、マクロな視点で社会のあるべき論を掲げても人々の行動変容(都市から地方への移住)は起きません。なぜなら個々人は自由な意思と尺度に基づいて人生を設計し、意思決定をしているからです。だからこそ、都会目線や国家目線ではない、個々人の暮らしや価値観というミクロな視点でのリアリティを起点に地域の未来を描くアプローチが必要なのではとの思いが、アソウトの活動に繋がっています。
人はそれぞれ尺度が違うので、阿蘇が合う人、阿蘇以外が合う人のどちらもいる。だからこそ、アソウトでは「阿蘇に移住してもらう」ことではなく「阿蘇に関わることで自分らしい生き方が見つかる、人生に彩りが出る人を増やす」ことを目指したい。阿蘇で暮らしている魅力的な人たちが都会の尺度で測られて消費されてしまわないよう、時には支えとなり、時には武器を提供できれば。また、今の暮らしに居心地の良さを感じられていない人に、阿蘇という選択肢を知る情報や機会を提供できれば。そんなことを3人で話しながら活動してきました。その3年の成果として、阿蘇に住んでいる人も住んでいない人も含めて、阿蘇を中心にした魅力的な仲間の輪を広げていくことができていると思います。
そしてこれからは、今の暮らしに息苦しさや居心地の悪さを感じている幅広い人へ、地方に関わる選択肢を身近にしてもらうことにもっと注力していくフェーズだと思っています。自分から動けない、気付けない状態に陥っている人ほど、人生の選択肢を持つことの価値が大きいからです。現在は、都会からの移住者は弱者・清貧である地方を救うヒーローであるというような移住にまつわるステレオタイプが強く、移住という選択肢をテレビや本の中のごく選ばれた人たちだけのものへとハードルを上げてしまっています。ですが、地域に関わったり移住したりすることはもっと普通で良いはず。そもそも地方は都市と違う価値観・機能で進化してきただけで都市と優劣はないですし、地域に暮らす人たちにとっては優れた才能なんてなくても自分たちが大事にしているものを好きだと言ってくれる仲間が増えたら十分嬉しいです。そんな圧の低い、キラキラしていない、でもリアリティと愛のある展開を通して、地方に関わる人の裾野を広げていけたらと思います。
カメラマンさんに動きが固いと言われた久保さんですが、頭の中は柔らかい。
阿蘇という地方にいるからこそできるアプローチで、多様な人生に寄り添っていく。多様性の時代だからこそ、アソウトのような小さな会社が大きな価値を持つと信じて。そんな希望に向かって一緒に取り組める仲間をお待ちしています。
こんにちは。アソウトの石垣(ガッキー)です。
合同会社アソウトの第6期もあっという間に上半期が終了しました。
右も左も良く分からない状態の中、面白そう、と自分が感じた流れに自ら乗りにいって、鹿児島出身の久保くん、北九州出身の菊池くんと会社をつくることになり、多くの方から助けていただきながら、3期目は黒字で終えることが出来ました。
本当に阿蘇の方は温かいです。おそらくですが、阿蘇という地域は豊かな恵みを享受できる反面、太古の時代から土砂災害や火山の噴火などの災害と共生をしていく必要があったため、地域で助け合いながらの暮らしが自然と続いてきて、それがいまの時代に阿蘇で暮らしている方々にも脈々と受け継がれているのでは、と考えています。だから阿蘇を訪れたり、阿蘇で暮らし始めたりする人にもみんな優しい。
そして阿蘇の方は知り合いなどの顔の見える人から商品を買ったり、仕事を依頼したり、サービスを受けたりすることが多いです。こういう関係は、人のつながりよりも目先の数字を優先しがちな首都圏で生活している人(自分も含めて)にとても新鮮だと思いました。
地方での暮らしの良さがあれば、首都圏での暮らしの良さももちろんあります。東京は刺激があって楽しいですよね。福岡にもなんでも揃っている印象です。
しかし、東京で「会社に勤めて暮らす」という選択肢以外にも、地方で暮らすという選択肢も実はあるんだということを多くの方に知ってもらえたらと思っています。知らないだけで、地方での暮らしの方が合っているという人もいると思うので。ぼくがそうだったように。
いま暮らしている地域がなんとなく水が合わないと感じるのでしたら、他の地域に目を向けるのもいいかもしれません。全く縁もゆかりもないところでも、その地域のことや、その地域で暮らしている方のことが好きだったらどうにかなるものです。
地方の方がより活躍できる、居場所がある、という人はいっぱいいるんじゃないかなと思います。
最近は移住という言葉にもなんとなく違和感があります。地方から東京へ引っ越しすることを移住と呼ぶことはあまりないと思いますが、都市部から地方へ引っ越しすることは移住と呼ぶ。
別の地域に移り住むということには変わりないけれど、移住という言葉が付くと、とたんにハードルが高くなる気がする。その地域のことが気になるのだったら、移住という壁をあまり意識せず、もう少し気軽に動いてもいいのではないかなーと思います。
もし阿蘇のことが気になる人がいたらいつでも連絡ください。
アソウトの現在の収益は、空き家を活用する不動産部門と、空き家を改修して運営している貸切宿部門が大半を占めています。
阿蘇で暮らしたい多くの方が希望される1軒家の賃貸を増やせるように、家の片付けをすることからはじまり、必要箇所のリフォームをして、入居後にトラブルが起こった時にも対処したりしつつ、所有者さんの意向で手放したいと言われた物件については売却の募集・仲介も行っています。
その他にもお米のオーナー制をしたり、阿蘇の求人情報をwebに掲載したり、壁を塗ったりするDIYワークショップなども行っています。これらはアソウトの直接的な収益にはなりませんが、阿蘇での暮らしの豊かさを少しでも多くの方に伝えられることが出来たら、生活を営ませてもらっている阿蘇に少しは還元できるかなと考えています。
そして私事ですが熊本地震のボランティアとして、はじめて阿蘇に来てから約8年、縁あって地元の方と結婚し、子供も産まれました。これからは家族を大切にしつつ、新たに生まれてくる視点から見える阿蘇を感じ取っていきたいと思っています。
その視点を大切にして、将来子供が成長したときに、阿蘇で暮らすという選択肢が存在しているように小さなことでもしていきたいと思っています。子供達が大きくなった時に自分の生まれ故郷の阿蘇のことを好きに、誇りに思ってもらえたら。阿蘇で生まれて、阿蘇の方と接して育ったら自然とそうなると思いますけどね。
自然とこうなります。
今後も住まいのことを中心に、どうしたらいいか分からないことはとりあえずアソウトに相談したらどうにかしてくれる、と阿蘇に関わる方々に思ってもらえるくらいフットワーク軽く動けることを目指していきたいと思います。
活用されていない阿蘇で眠っている資源をバラエティ豊かに取り揃え、何かの縁で阿蘇に集まった様々な人の暮らしを紡ぐ、ということをこれからも仲間と共にしていきたいと思います。
阿蘇でお待ちしています!