僕が何かの役に立てたかというと正直わかりません。それよりも、阿蘇の方々と関わっていくことで自分自身の価値観が大きく変わったことは確かです。
阿蘇の方々は自分たちの祖先や、子ども達に想いを馳せながら、10年後、100年後のことを考えて復興に取り組んでいました。
僕が関わっていたマーケティングの仕事は市場至上主義で、売ることが命題となっています。10年後にはほとんどのなくなってしまうような、短期的な利益を求める商品やサービスばかりでした。AIがマーケティング、リサーチの業務に入ってきたのもこの頃でした。
平日にそういう仕事をしながら、休日に阿蘇に行く。そんな生活をしている内にいつしか僕の中では、「自分の仕事は人の暮らしを豊かにしているのか?」という疑問が湧きました。
そもそも「人の暮らしは進化しているのか? それとも退化しているのか?」といった問いを投げかけられているようにも感じたのです。
考えに考え抜いて、僕は会社を辞めました。そして、石垣、久保と全力で阿蘇を応援する会社「アソウト」を立ち上げることにしました。更に、僕の地元である門司港にもポルトという会社を立ち上げて、自分の生まれ育った街でも事業を行っています。
どれも会社員時代に行っていた仕事とはまったくと言っていいほど違い、常に新しい仕事に取り組んでいます。肩書や専門などを尋ねられると答えに困ってしまうような多様な仕事をしていますが、ひとつだけ一貫していることがあります。
それは、「人の暮らしや営みを長い時間軸で考える」ことです。
これは阿蘇の方々から学びました。阿蘇の暮らしは紀元前からの歴史があるといわれ、草原に代表されるような風景は多くの人の手で丁寧に紡がれてきたものです。