「ぜいたく」を味わう豊かな米づくり

子どもたちに食べさせたい。有機栽培、無農薬をつらぬき、手間ひまをかけた農業に取り組む理由はとてもシンプルだった。 阿蘇市狩尾に住む鎌倉吉孝さんは、土づくりから水、米の乾燥、精米にまでこだわり、米作りに取り組んでいる。

本業は農業ではない。自宅兼店舗の食料品店と道路をはさんで反対側にあるガソリンスタンドを営んでいる。多忙な日々を送りながらも、7年前に米作りを始めた。

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古材の使い方が味わい深い鎌倉商店

農業は重労働だ。こだわれば、それだけ手間がかかるが、労力が増えるわりに収穫量が増えるわけではないし、採算を取るのも難しくなる。「趣味なんです」というものの、思いつきで始めるには大掛かりである。

田舎じゃないとできないことをやる

米作りを始めるきっかけになったのは、鎌倉さんが所属している消防団の先輩の言葉だった。先輩から「せっかく田舎に住んどるとだけんから、自分で米くらい作って子どもに食べさせろって言われたんです」。そこでハッと気付かされたのだという。
「草原で牛を飼ったり、それまでも田舎におるからできること、田舎じゃないとできないことをやってきたつもりでした。先輩に言われて、身近なところに試したことのない田舎の特権があるなと気付かされました」

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鎌倉さんが育ててきた田んぼ。フカフカしている

農業に携わったことはなく、ゼロからのスタートだった。知り合いを通じて、わき水を使える田んぼを借りることができた。「当時はまったくやり方がわかりませんでした」と振り返るが、薬を使わずに育てることだけは決めていた。
「子どもたちに米を食べさせたいだけで、売り物にするつもりはありませんでした。だから手間がかかっても安心安全な米にしたかったんです」

明確で強い目標があるから、苦労はあっても楽しかった。農業高校を卒業した知り合いから本をもらって農業を学び、近所の農家さんを捕まえては、色々と教わっていった。 農薬を使わずに、手作業で草を抜き、虫を取る。土壌を豊かにするためにヤギを飼い、そのフンで完熟堆肥をつくった。

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鎌倉さんによくなついているヤギたち

「ヤギのエサもこだわりました。農薬がかかっていない土手やあぜ道の草を選んで切って。美化作業のボランティアみたいになって、喜ばれてますよ。うちの畑の雑草も切ってとか(笑)」
試行錯誤しながら米作りを続け、3年目には変化を感じるようになった。
水田を泳ぐおたまじゃくしの数が劇的に増えた。カエルのえさとなる虫たちの数と種類も、近隣の田んぼと比べても多かったという。
「土が豊かになり、田んぼに残っていた農薬が抜けてきたんでしょうね。生き物はその変化をわかっているんでしょうね」
昨夏には土壌と生態系の豊かさを裏付けるような出来事があった。全国的に害虫であるウンカが大量発生した。しかし、鎌倉さんの田んぼにはほとんど入ってこなかった。隣近所では大流行していたのに、である。「私の勝手な仮説ですが」としながら、生き物がたくさんいて、入る余地がなかったのではないかと鎌倉さんは推測する。

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まだ寒い時期で虫たちの姿はなかったが、水路にはタニシがいた

ゲンゴロウやイトヨリトンボなど、あまり見かけなくなった虫たちも目にするという。生き物が多いということは、稲穂を食われてしまう被害にもつながる。秋になるとカメムシなどが収穫間近になった米を食うのだが、鎌倉さんは「2、3割程度だったら食べられてもいいかな、というのが僕の気持ちです」とさほど気にしていない。
虫たちが入ることによって、土壌づくりが促されている。米に限らずに、野菜や果物をつくるにあたり、ハチがいなければ、受粉ができないこともある。田んぼを耕すようになり、自分たち人間だけで農業が成り立っているわけではないと実感するようになった。
手伝ってもらっているのだから、「そのお返しがあってもいいかな」と鎌倉さんは考えるようになった。

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勢いよく流れ出るわき水も自然豊かな阿蘇の象徴

春先からは自然と田んぼが生活の中心になる。育苗から田植え、水の管理、草取り。やらなければいけない仕事は次々に出てくる。慌ただしくはあるが、家族の時間が減るわけでもない。
週末には2人の娘が一緒に田んぼで草取りを手伝ってくれることもある。生き物を観察したり、田んぼに入って遊んだり。自分たちの食べるものがどうやって作られていくのかを楽しみながら、学ばせることができる絶好の機会にもなっている。
「都会ではできない、ぜいたくな時間、ぜいたくな趣味です」
1年分の米を自分の手で作る。それも土づくりから。都会に暮らしていてはまずできない。そう考えると、確かにとてもぜいたくである。

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精米機にもこだわり。低速でゆっくり精米するから、摩擦で米の風味が損なわれないという

こだわりを感じさせる米作りをしているが、自分の考えに固執しているわけではない。鎌倉さんは自然体だ。
「むしろ、農業を生業にして、農地を守っていくという観点でいうと、私のやり方は正しくないかもしれません。仕事にするには費用対効果が悪くて割に合いません。自分のやり方がすべてではないし、ほかの農家さんがやっていることを否定したいわけじゃありません」

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鎌倉さんの先輩農家が作った有機栽培米を使った焼酎「メイ」
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こちらは100%自家製の純米酢

農薬は使わない方がいい。化学肥料も使わないに越したことはない。分かっていても、農家がそうするからには、それなりの理由があるのだ。米作りをしてみなければ、実感できなかったことである。自分とは違った形での農業あっても、阿蘇の大地を守ってきた先人たちには敬意を抱いている。


一緒に米を作る仲間、先輩である。一緒に田舎ならではの取り組みをしようと、先輩が作った有機栽培米を使って、米焼酎「メイ」をつくった。ラベルには、モザイク模様のように見えるが、田んぼが描かれている。自分で作った米を使って、純米酢も手掛けた。ここにも作る喜びがあった。


農業は重労働である。だが、自然は労力に見合うものを鎌倉さんに与えてくれた。食卓だけでなく、生活を豊かにしてくれたのだ。そんな気付きも米作りの収穫である。

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なにもないように見えて「ぜいたく」が詰まっている田んぼ

鎌倉商店

1925年創業。吉孝さんは3代目になる。米焼酎「メイ」、鎌倉さんが収穫した有機栽培米を使った純米酢も店内にて販売している。ガソリンスタンドはお客さんから預かるタイヤが増え、倉庫をDIYでつくった。

住所:阿蘇市狩尾1273-1

TEL:0967-32-0278

営業時間:7:00~20:00(日曜7:00~17:00)/定休日:第3日曜